ロータスイレブンのモデル概要
イギリスのアルミニウム会社のエンジニアだったコリン・チャップマンは、余暇を利用してレーシングカー製作を始めます。
何台かプライベートでレーシングカーを制作した後、1952年に初めて市販車となるロータス6を世に送り出しました。
市販レーシングカーのロータス6が、1,000ccクラスのレースで多くの勝利を記録すると、チャップマンは1,500 ccクラスのレースにも参入したいと考えるようになります。そこで航空機エンジニアのフランク・コステンを雇い、今度は空力を最大限高めたレーシングカーの開発を開始します。ロータス6のチューブラスペースフレームとアルミ・ボディの技術を活かしたロータス8を完成させ、その後もロータス9、ロータス10と進化させたのち、ロータスイレブンの開発に着手します。そして1956年に、軽量コンパクトに仕上げられたロータスイレブンが発表されました。
ロータスイレブンは空力的に洗練したボディに、より小径パイプを用いた重さはわずか70ポンドのチューブラスペースフレームが組み合わされていました。ブレーキは4輪ディスクでリアはインボードマウントとなり、完全に新時代のスペックを持つレーシングカーでした。また、市販されたロータスイレブンは、3つのグレードが存在し、クライマックスエンジンを搭載した「ル・マン」、フォード100Eを積んだ「スポーツ」、ドラムブレーキを採用した廉価版モデル「クラブ」がありました。
レースシーンでは、1956年のル・マンにロータスは3台のワークスマシンを送り込みます。その結果、いきなり1,100ccクラス優勝と総合7位を獲得したのでした。新興メーカーのロータスにとって、ル・マン参戦2年目での快挙でした。
1957年の春にロータスは、後期モデルとなるロータスイレブンマーク2を投入します。このマイナーチェンジでフロントサスペンションがダブルウィッシュボーン独立フロント・サスペンション変更されました。
ロータスイレブンは1958年まで生産されましたが、ロータスの主要なレーシングカーがロータス15に代わると、ロータスイレブンの生産は終了します。1956年からの3年間でおよそ270台のロータスイレブンが生産されています。
ロータスイレブンは、レースで大活躍したモデルの為、レースヒストリーによって個体毎に大きく価格が異なります。輝かしいレースヒストリーの個体はかなりのプレミア価格となりますが、現在、世界中で行われているクラシックカーのレースイベントに参戦する資格を持っています。
ロータスイレブンの価格相場
ロータスイレブンは2015年まで緩やかに価格が上昇してきましたが、2016年になると急激に高騰します。この急騰したタイミングはクラシックカー全体のバブル相場に連動していますが、その後のクラシックカーバブルの崩壊にはロータスイレブンは巻き込まれておらず、その後も緩やかに価格上昇しています。これはロータスイレブンが個体数が少ない純粋なレーシングカーの為、フェラーリやポルシェが対象となったマネーゲームのようなクラシックカー投資の売買には使われなかったからだと考えられます。つまり、純粋なエンスージャストで取引されているモデルのため、今後も投資相場に影響されず、価格は安定的に上昇していくモデルだと言えます。ちなみに現在は欧米で$56,000-196,000の相場で取引されています。
コンディション1(Concours) $196,000
コンディション2(Exellent) $140,000
コンディション3(Good) $95,000
コンディション4(Fair) $56,000
ロータスイレブンの詳細スペック
《販売期間》1956-1958年
《乗車定員》2名
《ボディスタイル》2ドアオープン
《エンジンタイプ》水冷直列4気筒SOHC 1,098cc、水冷直列4気筒SOHC 1,172cc
《最高出力》-ps/-r.p.m
《最大トルク》-kgm/-r.p.m
《ミッション》4速MT
《全長×全幅×全高(mm)》3,403×1,500×810
《車両重量(kg)》412
《生産台数》 -台